心を読む
2021.11.13
神戸某所にマジックを売りにしたバーがある。酒を注文すると、マスターが目の前で技を披露してくれるんだけど、それがすごすぎた。スプーン曲げといっても、単にスプーンが”お辞儀”をするように一方向に曲がるだけではない。アメのようにくねくねと、もう、自由自在に曲がる曲がる。
しかしこれは序の口で、この程度で驚いていては身が持たない。
マスターがスプーンの柄の部分を持ち、僕に言う。「このスプーンの面を押してください。私の額、ここの部分に集中しながら、そっとスプーンを押してください」
そうすると、さっきまでつながっていたスプーンが切れた。テーブルの上に落ちた頭と尻尾、二つに分かれたスプーンを見て、僕は言葉が出なかった。
さらに、切れたスプーンの“溶接”さえできる。二つに分かれたスプーンを指で重ね合わせ、そこにグッと念を込めると、再びスプーンがくっついた。
さらに読心術さえできるという。「何か心に思い浮かべてください。当てて見せます」という。いや、何か心に思い浮かべろと言われても困る。何かお題はないですか?
「たとえば、スマホの暗証番号なんかどうですか?」
オッケー、それでいこう。当てれるものなら当ててみろ。そういう気持ちで、4桁の数字を心に思い浮かべた。
しばらく瞑目したマスター、やがて「分かりました」というから、スマホを渡した。どうぞ、開けれるものならご自由に。ただし何回も間違えないでくださいよ。データが消えちゃいますんで(笑)
半信半疑だったが、あっさりアンロックされたスマホを返されて、僕は驚くよりも怖くなってしまった。こういうことができる人間がいるのか。人間にこんなことができていいのだろうか、と思った。
イーロンマスクが自分のスマホに企業秘密をしまっていたが、スマホの暗証番号を忘れてしまった。10回入力を間違えるとすべてのデータが消えてしまう。下手すれば数億円の損失が出てしまう。そこでアップル社に何とかしてくれと嘆願しにいったが、「パスワードの解析は不可能」と突っぱねられたという。あのイーロンマスクでさえ、スマホの番号を忘れたらお手上げなんだ。
僕の顔には、恐怖に近い表情が浮かんでいたんだと思う。マスターがとりなすように、「心理学ですよ。人間が選びやすい組み合わせ、数字のパターンってあるものなんです。たとえば、このトランプの中からカードを1枚引いてもらい、それを当てる。ほら、実際1枚引いてみてください。やり方はいろいろありますが、たとえば誘導です。相手は自由に選んだと思っていますが、そのカードは私が選ばせたんです。ハートの3。そうでしょう?驚くことはありません。偶然ではなく、必然です。手品というか心理学ですね」
なるほど、と思ったが、いや、そうじゃない。さっきの暗証番号を当てるのは、そういうレベルの話じゃないと思った。
普通のマジシャンは、単なる手品を魔法のように思わせようとする。しかしこのマスターは逆で、本当に魔法を使っている。しかしそれが露呈してはまずいから、手品だ、エンターテイメントだと言いくるめようとしている。そういう印象さえ持った。それぐらい、僕は驚いてしまった。
ある日、手品に詳しい患者が受診したとき、この時の話を伝えた。スプーンを曲げたり、切断したり、溶接したり。さらに心を読まれたり。「あれは手品の域を超えている。そういうことって手品で可能ですか?」
患者は笑って「先生、騙されちゃダメですよ。私らマジシャンはね、超能力と思えることはどんなことでも再現可能ですよ。そこのマスターが本物の魔法使いなのかどうか、それは分かりません。ただ、ひとつ言えるのは、そのマスターがやったのと同じことを、マジシャンは再現できます。今、手持ちの道具がないのでできませんが、たとえば、紙にスマホの暗証番号を書いてもらって、それを封筒に入れる。その封筒を私に渡してください。中身を出さずに、その番号を当てることができますよ。タネは言えませんが」
ふーむ、なるほど、、と話を合わせたけど、僕としては釈然としない。患者のいうマジックは、恐らく紙かペンか封筒に細工があるのだろう。違う。そういうのじゃないんだ。スプーンをくねくね曲げるのも心を読むのも、そういうレベルじゃないんだよなぁ。
2021年6月19日受診
5歳男児。母親が語る。
「自閉症で中度知的障害と診断されています。まったくしゃべりません。かんしゃくがすごく激しくて困っています。ちょっとしたことで泣きわめきます。
こちらの言っていることは理解しているようです。ただ、理解していても、自分の意に染まないことは絶対しない。たとえば、こっちにおいで、と言ったとき、来るときは来ますが、嫌なときは無視します。
自閉症だけど、目はきっちり合います。基本的に甘えん坊で、笑うときは笑います。それも激しく笑います。でも泣くときもすごく激しい。好きと嫌いが、とてもはっきりしています。
夫に言わせると『そういうところ、お前にそっくりだぞ』って(笑)症状というか性格もあるのでしょうか」
自閉症や知的障害には、まず有機ゲルマニウムを使う。さらにCBDオイルで感情の起伏をならしてあげたい。その他、ミネラル供給を意図してフルボ酸、抗酸化のためにチャーガなどを勧めた。
2021年11月6日再診
「先月から筆談ができるようになりました。こうやって私の膝に座らせて、それで私の手のひらに、指でいろいろ書くんです。それで、私の想像以上に、この子が物事をよく理解していることが分かりました。これまで言葉としてアウトプットできなかっただけなんだな、と。
医者から自閉症とか知的障害だと診断されていたから、認知機能の障害だと思っていたけど、どうもそうではない印象です。それよりも言葉を話せないとか、体をうまくコントロールできないとか、そのあたりに障害の本態があるように思います。
筆談ができるようになって、この子の考えていることが分かることがうれしくて、ずっとこうやってコミュニケーションしていました。あるとき、この子に不思議な力があることに気が付きました。どうも、私の考えていることが分かるみたいなんですね。
今、私が何を考えているか分かる?って聞いてみる。で、私が頭の中に、今日の夕飯のために卵を買ってくることを考えていると、ちゃんと、私の手に『たまご』って書く。驚きました。おもしろいので、いろいろ実験してみました。私が昔好きだった男の名前を思い浮かべたら、やっぱり、ちゃんと書くんですね。その人の名前を。それで私も認めざるを得ませんでした。心を読むという現象は、本当にあるんだなって。
筆談をするようになってから、精神状態が安定してきました。上機嫌に歌を歌ったりします。
あと、筆談ができるのは私とだけで、夫とはできません」
言葉を話すのは人間だけで、それ以外の動物は別の方法でコミュニケーションをとっている。
言葉というのは、多分、表現方法としては相当不便だと思う。というのも、まず、自分に言いたいこと(思念)があって、それを適切な言葉に変換しないといけない。その言葉を、のどを使って音声に変え、音声が空気中を伝わって、相手の耳に届き、それが相手の脳で処理されて、僕の思念として伝わる。猛烈にまどろっこしい、非効率きわまるやり方に違いない。
思念と思念が通じ合えば、どれほどスピーディーに分かり合えることだろう。
この5歳の男児には、それができるのだと思う。人の心に直接アクセスして、思考に触れることができる。
多分、それほど特殊な能力ではなくて、他の動物はこれを当たり前にやっているし、ロン(うちの犬)もやっている。僕の思考は全部こいつに筒抜けだけど、こいつは僕より人間(?)ができているから、いちいちとがめずにスルーしてくれているのだと思う。